注意
この記事は経済的な観点からボランティアを批判する記事となっています。
もちろんボランティアがないと破綻してしまうような活動や団体があるのは重々承知していますが、解決策までちゃんと明示しているので、タイトルを見て文句だけ言いたい人は帰ってください。
ボランティアとは?
ボランティアとはどんな意味なのかをまずはWikipediaで調べてみます。
ボランティア(英: volunteer)は、自らの意志により志願すること。特に日本語としてのボランティアは一般的に、公共性の高い社会への奉仕(チャリティー)に際して用いられることが多い。
世界でのボランティアは自発性のみを指す言葉である一方、日本国内でのカタカナ語用法では奉仕との混同からか完全な無償奉仕や費用の自己負担が必要と考える人も多い
日本のボランティア活動においては、完全な自己負担もしくは交通費や食費や実費その他活動に必要な実経費のみを実費弁償する「無償ボランティア」、または実費弁償の範囲を超えて低額の報酬を受け取る「有償(非利益化)ボランティア」、完全な営利化を行っている「営利ボランティア」などの呼称例が存在する
ボランティア – Wikipedia
一部抜粋なのでちゃんと読みたい人はWikipedia行ってくれって話ですが、もともとの意味は自分から何かをやりたい的なことです。
しかし、基本的に日本ではなぜか無償でという謎の条件が加わるようです。(しかも自己負担有)
この無償もしくは低額の報酬というところがボランティアの抱える問題点です。
ボランティアはLose-Lose-Lose
無償、低額報酬のボランティアがなぜダメなのか?は健全な社会貢献活動を妨害することで社会全体の仕組みを壊してしまうから。となります。
つまり、ボランティアをする人、ボランティアをしてもらう人、ボランティアをする人がいなければ仕事として働けた人すべてが損をすることになります。
ボランティアをする人
ボランティアをする人は、本来お金がもらえるような作業をしているにもかかわらずその分の対価を得ることはできません。
もちろん、金銭的報酬の少ないボランティアは充実感を得られるので何も得られていないわけではないですが、少なくとも金銭的には損をしています。
そして本来貰えるはずの金銭的報酬をもらえないということは、本来使えるはずのお金が手に入らず経済市場に流れるお金も減ることになります。
よって、ボランティアをする人は損をしているし、その結果経済市場全体でも損失が発生しています。
具体的には、被災地の復興のために無償でテント泊して安い飯を食って作業することと、有償で地元の店で食事や宿泊をすることを比較した場合、後者の方が市場経済への効果もあり、ボランティアを行う人にとってもメリットが大きいと言えます。
ボランティアをしてもらう人
ボランティアをしてもらう人は、本来お金を払うような作業をしてもらっているにもかかわらずその分の対価を払うことはありません。
報酬を支払わずに労働力を得られているので得をしているとも取れますが、大きな視点で見ればやっぱり損をしています。
ボランティアをしてもらう場合、ボランティアに依存して質を保証できなかったり、少ない労力で本来得られないはずのものを得てしまうことになります。
なんだかふわふわした説明になったので具体的に例を挙げると、
- 絶対に全員合格できるテストなら勉強しない
- 人事評価が決まっているならまじめに働かない
- 早く仕事が終わっても次の仕事が来るならゆっくり仕事をする
- 独占販売しているので手を抜いても売り上げが下がらない
みたいな感じで結果が決まっているのであれば、過程の部分で手を抜いたりするみたいな感じです。
このような事態になると、人的資本が低下するだけでなく、成果物の品質が低下し、新しい発明が生まれなくなり、最終的には経済市場全体で損失が発生する可能性があります。
ボランティアをする人がいなければ仕事として働けた人
なんだか長い名前になりましたが、要するに仕事の機会を失った人ですね。
ただ働きする人がライバルとして表れてしまったので、就業機会を逃しています。
これによって、仕事によって得られる給料とそこから経済市場に流れるはずだったお金が失われています。
上のところでも書きましたが、被災地でボランティア活動を行う場合、その作業ではお金をもらわないので普段の消費活動が制限されてしまいます。
しかし、給料をもらって復興作業を行う場合、お金がもらえるので普通に消費活動を行うことができます。
そう考えると、被災地で消費されるお金が少なくなることで経済的な損失も出ている無償ボランティアは損失が大きいと言えるでしょう。
じゃあどうすればいいのか?
ボランティアは3方損のクソサービスであることを説明しました。
しかし、被災地復興、自然保護、動物保護など人間が生きていくにはやらなければいけないのに収益性が低く企業が手を出さない分野は存在します。
これの解決策は僕なりには答えがあるのですが、とりあえずchatGPTに質問してみました。
Q.あなたは政治家として以下の問題を解決する法案を考えてください。
被災地復興、自然保護、動物保護など人間が生きていくにはやらなければいけないのに収益性が低く企業が参入しない分野を現在日本はボランティアで補っている。
しかしボランティアは経済的に損失が大きいためどのようにこの問題を解決すべきか。A.この問題に対する解決策として、次のような法案を提案します。
「社会貢献法案」
この法案は、企業が収益を上げることが困難な分野において、社会的貢献をすることができるようにすることを目的としています。
具体的には、以下のような内容を含みます。
- 政府が、被災地復興、自然保護、動物保護など、社会的に重要な分野において、企業による社会貢献活動を促進するための支援策を取ります。これには、税制面での優遇措置や、財政的支援などが含まれます。
- 企業が、社会貢献活動に参加することにより、その企業にとってのメリットを享受できるようにします。例えば、企業ブランドの向上、CSRの実現、従業員のモチベーション向上などが挙げられます。
- ボランティアが行っていた活動についても、一定の範囲内で報酬を支払うことができるようにします。これにより、経済的な損失を被ることなく、社会貢献活動に取り組むことができます。
この法案により、企業と個人が、社会貢献活動に積極的に参加することができるようになり、被災地復興や自然保護など、社会的に重要な分野に必要な支援が得られるようになると考えられます。
引用元:ChatGPT(https://www.openai.com/)
若干質問で誘導してる感もありますが、普通に良い案が出てきましたね。
1と2はほぼ同じことのような気がするので要するに
- 企業が参入できるように支援を行う
- ボランティアを有償にする
って感じです。
僕も基本的にはこの考えで
- 企業が参入できるように支援を行う
- 国が仕事として請け負う
というの解決策として考えています。
企業が参入できるように支援を行う
誰かがやらなきゃいけないと給料を払うを両立することが重要です。
企業が損得勘定で参入しないのであれば、企業にとって得なことにしてしまえば企業が参入するので解決します。
つまり、ボランティアで行っているような収益性が低いがやらなければいけない事をやっている企業に対して税制面での優遇措置や財政的支援をするというものですね。
ボランティアで行っていた無償の労働が、賃金がもらえる労働に進化することで消費活動も改善され景気も良くなるし活動自体の質も向上されます。
国が仕事として請け負う
誰かがやらなきゃいけないと給料を払うを両立することが重要です。
収益性が低く企業が参入してくれないのであれば、国が損を引き受けて仕事として請け負ってしまえば解決します。
国が損をするなんてけしからんとか言い出すバカも多いですが、国が払う費用が多くなることで、市場流れる金が増えるので景気が良くなります。
具体的には、消防士、警察官、役所の職員などの公務員がこれに当たります。
これらの仕事は当然誰かがやらないと生活がめちゃくちゃになります。
しかし、火事を消しても、犯罪者を捕まえても、マイナンバーカードの発行手続きを年寄りに教えても収益なんて生まれません。
なので給料を払う分だけ国は損をします。
そして、国が損した分だけ国から給料をもらえる人がいて、そのお金で消費活動をすることで市場に新しくお金が登場することになります。
つまり、収益性の低いものこそ国が積極的にやることで有意義な仕事を増やして景気も良くすることができるようになります。
結論:ボランティアは(国が)有償でやれ
ここまでの結論をまとめるとこのようになります。
結局のところ得できるようにすれば企業が勝手に参入するし、得できないのであれば国が人を雇ってやればいいとなります。
とは言え理屈で言うと当たり前なんですが、実際は無理でしょうね。
というのも基本的には世間がバカすぎるので
- 国が損していいはずがない
- ボランティアは損得じゃない
- 自分がやらないと救えない
- ボランティアの気持ちを踏みにじるな
みたいに考えてる人が多すぎるんですよね。
結局バカには何を言っても無駄なのでボランティア(無償や低賃金)にはかかわらないくらいの温度感でいいでしょう。
ボランティアをしない事こそが本当の意味での社会貢献なのかもしれませんね。
最後のまとめ
今回は「【悲しい真実】ボランティアはクソ」というタイトルでボランティアを行うことがみんなを不幸にするという解説をしました。
現在、ボランティアは良いことといった認識が強いですが、日本ではなぜか無償の奉仕作業といった意味合いで使われることが多くなっています。
この無償ボランティアは健全な社会活動を阻害することになるので、経済的な面で非常に悪影響を及ぼす結果になります。
具体的に言うと、ボランティアをする人は経済面での損失が発生します。
ボランティアをしてもらう人は報酬を支払わずに労働力を得ているため、ボランティアへの依存、やる気が低下して品質の低下が発生します。
本来仕事を得られるはずだった人は就業機会の損失をします。
また、無償の奉仕によって本来発生するはずだった経済活動が行われなくなることにより市場全体で見ても悪影響を与えることになります。
被災地復興、自然保護、動物保護など人間が生きていくにはやらなければいけないのに収益性が低く企業が参入しない分野を現在日本はボランティアで補っているという問題をどのように解決すべきか?を考えると2つの方法があります。
- 企業が参入できるように支援を行う。
- 国が仕事として請け負う
というのがその解決策です。
利益が得られないから企業が参入しないのであれば、利益を得られるようにすれば勝手に企業が参入して作業を行ってくれます。
そもそも利益が得られない仕事に関しては国が行うべきことで、国が人を雇って市場に回る金の量が増えることで景気良くなり就業機会も増やすことができます。
結論として、ボランティアのような作業は、国がマクロ経済学を理解していれば、就業機会を作りつつ景気回復を促進することができるため、有意義なやりがいのある最高の労働と言えます。
そのため、この機会を奪うボランティアは最悪の行為と言えるでしょう。
とは言え実際問題、マクロ経済学を全く知らないバカな民衆が選ぶアホな政治家は真逆のことをやり続けるので現実的には解決しない問題なんでしょうね…
本当のことが分かっている人たちはなるべく無償ボランティアにはかかわらないようにしましょう。
ボランティアをしない事こそが本当の意味での社会貢献なのかもしれませんね。
こんな記事も書いてます。
コメント
また英語がわからないやつが「日本では〜」とか見当違いなこと言ってるよ
volunteerって言ったらどこでも無償労だからな。こんな記事書いておいてなんでその程度のことがわからない?
仮に英語を知らなくても、3秒かけて調べればわかることだろ?自分で調べる能力がないようだから貼ってやるよ: a person who does something, especially helping other people, willingly and without being forced or paid to do it
念のために言っておくがここのorは「かつ」だからな
ちゃんと調べれば無償を意味として強制していない事(有償を前提ともしていない事)はわかるんですが、見当違いなことを言われても困るんですよね…
英英辞典で検索すればわかるようなことでイキられてもあいさつに困ります。
僕の持っているデバイスではどれも3秒じゃ検索結果までたどり着くことはできませんが(笑)
そもそもボランティアの語源はラテン語の「ボランタス(Voluntas)」で、本来の意味は「自由意志」である。それが戦乱の続くヨーロッパで「自警団」や「志願兵」という意味に次第に変化し、今日海外では「自発的に行動すること」という位置付けでこの言葉が使われている。
https://eleminist.com/article/23
ちなみに英語圏では有償ボランティアのことを Paying Volunteers と言います。
つまり Volunteer の意味を無償労働とする場合、有償無償労働という誰でもわかる矛盾した日本語が誕生します。
a person who does something, especially helping other people, willingly and without being forced or paid to do it.
の訳に関して気になる人がいるかもしれないので一応記載しておきます。
出典元はおそらくこれ
https://dictionary.cambridge.org/ja/dictionary/english/volunteer
DeepL
強制されたりお金をもらったりすることなく、進んで何かをする人。
Google翻訳
何かをする人、特に他の人を助ける人。強制や報酬を得ることなく進んで行う人。
orについて
上さんがどういう解釈をしているのかは不明ですが、英英辞典で検索しても or に「かつ」の意味はないため、 or を「かつ」と訳すのは明らかに誤用です。(僕の検索能力でorを「かつ」と訳すところにたどり着けないだけかもしれませんが)